院長・増渕 歩

1973年9月生千葉県市川市出身
2003年(平成15年)はり師・きゅう師免許取得
あん摩マッサージ指圧師免許取得
2005年(平成17年)柔道整復師免許取得
東京都内の整骨院、鍼灸院にて8年経験を積み、整形外科リハビリ勤務を経て
2008年ゆうわ整骨院を創業

取得資格

柔道整復師
鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師
整体師
心理カウンセラー

施術実績

施術業界歴20年以上

挨拶文

初めまして、ゆうわ整骨院院長の増渕と申します。
私は、江東区大島に生まれ、その後千葉県の市川市にて、学生時代を過ごしました。
幼いころは、大島の祖父母の自宅で生活していたことや、学生時代も毎週のように祖父母の家に遊びに来ていたこともあり、この馴染みの深い大島の地で開業いたしました。

私は22歳のころ自分の不注意により大きな事故に巻きこまれてしまいました。
この事故により、首と顔に大きな怪我を負ってしまいました。数か所の骨折もあり、数十秒ごとに繰り返される首への電気の走るよう激痛、今まで経験したことのない痛みに悩まされました。

事故直後、1週間ほどまともな睡眠もとれず、体重は5,6キロ減り、顔中内出血で腫れあがり、顔の原形がわからないくらいでした。ただその時は痛みがひどく、顔の状態など気にする余裕すらありませんでした。
当時の担当医には、怪我の状況を見て命があるだけでも奇跡的なこと、といわれたことを覚えています。

専門の大きな病院に入院し、折れた箇所の手術を行い、その後1ヶ月ほど入院したと思います。
この時は肉体的にも精神的にもギリギリの状態を味わいました。

退院後、ギプス固定はしていましたが、みるみる怪我はよくなり安心していたころ、今度は両腕、お腹、脚、特に両手の指先に感覚がマヒしたような症状が現れました。
全ての指先の感覚が半分以上ないような状態で、仕事はもちろんのこと、日常生活の中でも、何をしていても気になりました。

この感覚異常は3か月以上続き、精神的に追いこまれ、常に不安感やイライラ感に苛まれ生活していたことを記憶しています。

病院で精密検査を受けても問題なし、でも手指の感覚が治らない、、、こんな時知り合いから整骨院に行ってみたらと助言され、整骨院を受診しました。病院とは違った雰囲気や対応に好感を持ち、この時初めて、人を助けたり、励ましたりする施術家という仕事に興味をもちました。

不思議なことですが、手指の感覚障害は数カ月後、ある朝起きてみると元に戻っていました。

毎朝、良くなると期待しては裏切られ、不安や絶望感を感じながら過ごした毎日でしたが、希望は忘れず、「明日には治っているはず」と考え、眠りについていたことを昨日のことのように覚えています。

感覚が戻ったときの喜びは今でも鮮明に覚えていて、まるで奇跡が起きたかのように感じました。

事故前は健康で当たり前、健康の有難みもわからず生活していましたが、この経験をすることにより、健康への意識が変わり、私の新たな価値観として定着することになりました。

不思議なことですが、なぜ体が良くなったのかは、現在でもはっきりしていません。

病院では、問題はありません、、原因不明、、治療法がない、、少し様子を見てましょう、、と言われ、特に特別なことをしていたわけではありませんが、確かに良くなったのです。
私は自分に備わっている自己治癒力が、見えないような微小な傷を治したのだと考えています。

現在、そんな時期の経験を生かし、患者さんの体の土台を調整し、自己の持つ治癒力を高めることを目的に施術や、アドバイスを行っています。

つらい症状でお悩みの方、健康回復を心より願っている患者さんに対し、私たちのできる最善の施術、アドバイスを行い、地域の皆様に貢献していきたいと考えています。
お身体のことでお悩みがある方はいつでもご相談ください。

木村文江

初めまして木村文江です。
私は、東京都江東区で生まれ、現在は亀戸にて生活しています。

中学、高校時代には、卓球部に入り、スポーツの楽しさや厳しさ、部活を通じて沢山の経験をさせていただきました。仲間との支え合い、助け合うことの大切さ、自分で考え行動することの難しさ、苦しい時に一歩を踏み出す勇気、など様々なことを学びました。

自分が卓球を通じて学んだことを子どもたちに少しでも学んでほしく、長男は小学1年生からバスケットボールを、長女はバレーボールを習い始めることになりました。

長女が、大会2週間前の練習時に不注意で左手首をケガしてしまい、何とか大会に出たいと思い、監督から教えて頂いた整骨院に通うことになりました。

整骨院の初診時、先生に大会まで2週間もない事やチーム状況、何とか大会に間に合わせたいことを伝えました。その先生は、笑顔で「大丈夫ですよ。間に合わせましょうね」と言って施術をしてくださいました。先生方の丁寧な説明やアドバイス、いつも親身になって施術していただいたこと、私はこの時の安心感を今も鮮明に覚えています。

これがきっかけとなり、私も体で悩んでいる方や不安を感じている方を助けたい、応援したい、安心してもらいたい、と感じるようになり、当時スタッフ募集をしていた、ゆうわ整骨院で働くことになりました。

入社後、数年間は会社の研修やセミナーで骨格や筋肉、体について学び、また、院の運営やコミュニケーションなど、様々のことを学びました。

今では、大島院にて、産後骨盤、育児期におこる不調(授乳や抱っこ)、また、妊娠前から続く体の不調に対する根本調整をメインに行っています。

産後のお母さんが、健康で楽しく前向きに育児ができるよう、一人一人としっかり向き合い、施術を進めさせていただきます。また同じ女性としての悩みも良く理解できますので、いつでも対応させていただきます。

私の目標は、施術を通じて一人でも多くのお母さんたちの健康に貢献していけることです。お母さんが元気になって、お子さんと接している姿を見ると何より嬉しく、私自身元気をもらっています。

今後も心身ともに不安を感じているお母さんたちに、施術やサービスを通じ安心を提供できるよう頑張っていきたいと思います。

山本潤

初めまして、ゆうわ整骨院の山本潤と申します。

私は静岡県浜松市に2人兄妹の長男として生まれ、中学ではスポーツ(テニス)に励み、高校、大学時代はロックバンドでベースを担当、音楽にのめりこむ日々を過ごしておりました。

子供のころから病院・整骨院にお世話になることが多く、お世話になった先生方の姿を見て自分も将来「人の健康のお役に立てる仕事」がしたいと思っていました。

私には先天的な目の網膜の病気があり、大学時代に就職について考え始めたとき、鍼灸、マッサージ師という仕事が、今後視力が低下することがあっても、将来的に人の健康に携わっていける仕事だということを知りました。

大学卒業後、一度別の職業に就いたりし、遠回りをしましたが、「人の健康のお役に立てる仕事」がしたいとの思いを胸に、専門学校に通いながら接骨院で修業し鍼灸、マッサージ師の資格を取得。その後柔道整復師の免許も取得しました。

整体学校にも通い、修業先の接骨院、そしてゆうわ整骨院で20年間この仕事の経験をつんできました。

お体のことで、お困りの方の施術をさせていただくことにより、その方の健康のお役に立てることができ、喜んで頂ける本当に素晴らしい仕事であると日々実感しています。

先天的に目の病気を持っているのも、この仕事に就くために必然だったと今は思います。

体のどこの部分であっても、不調があるということは辛いし、不安があります。
お体のことでお悩み、お困りの方に寄り添って、不安を取り除き「健康」になっていただきたいという思いを持って日々施術にあたっています。

今後も今までの経験を生かして、日々成長し、皆様の「健康」のお手伝いをさせていただきます。